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こどもミュージック連載 第2回
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     息子が生まれた翌年の2011年の1年間に書いていた連載仕事。へるす出版刊行の『小児看護』に掲載。読者は主に看護士、医者、またそれを目指している人などなど。小児科の専門書でもありますので、この連載も子どもベクトルで音楽について考えてみるという主旨です。



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    こどもミュージック第2回「ディズニーをぶっとばせ!ボヨヨヨ〜ン」

     今回もディズニーに続いて米国アニメ映画の音楽のお話を。かなり古い話になりますが、ひとつおつき合いのほどをよろしくお願いします。
     アニメと言うよりはカートゥーンと言ったほうがしっくりとくるこのジャンル。日本語に訳すと「短編漫画映画」でしょうか。もともとは映画館で本編の前に、オマケ的、時間調整的に上映されていたものです。なので当時のワーナーブラザーズやMGMといった大手映画会社には、漫画映画の制作部門がありました。ワーナーがアニメを作りだしたのは1929年で、これは前回紹介したディズニーの「蒸気船ウィリー」におけるミッキーマウスのデビューの翌年になります。つまりは1930年代以降にカートゥーン時代がやって来たといえます。ディズニー生まれじゃない有名なキャラクターというと、トムとジェリー、バックス・バニー、ダフィーダック、ドルーピーあたりでしょうか。2011年の今、みんなミッキーほどは有名じゃないかもしれませんが、それぞれ20世紀のスターではありますね。
     彼らは共通して、ディズニーのキャラクターよりも幾分気難しく、過激な性格を持ち、ディズニー作品よりも派手で下品なコメディーを演じます。このカートゥーン的なイメージを作り上げた、代表的な作家がテックス・アヴェリーという演出家で、バックス・バニーやドルーピーの生みの親的人物でもあります。彼の手にかかるとキャラクターたちは、画面の中で、自分を含めたあらゆるものを叩きつぶし、ブッ飛ばし、チョン切り、目玉はボヨヨーンと飛び出し、歯は抜け、体をバラバラにしながら、過剰なドタバタを繰り広げさせられることになります。どんな散々な目にあっても(たとえお腹の中に飲み込んだダイナマイトが爆発しても)、キャラクターたちは次の瞬間にはケロッとしているという、そんなタフでドライな明るさは大いなる魅力だと思います。
     1930年代から60年代にかけて、カートゥーンのための音楽を数多く手掛けた代表格がカール・ストーリングという作曲家です。昔の「トムとジェリー」を見たことがある人は、2人がくりひろげるスピーディーなドタバタ劇に、ピッタリとくっついてくるオーケストラの、緩急に富んだ音楽のイメージを覚えていませんか。ジェリーがヒソヒソとしゃべれば、ピアノが静かなメロディーを奏で、トムが悪だくみをたてると、ストリング・アンサンブルが不穏な和音を響かせ、ジェリーに一撃を食わされ、痛みで飛び上がったときは、ブラスセクションが絶叫し、追っかけっこが始まれば、フルオーケストラがものすごいタイミングで高速回転を始める。あまりに映像と音楽が一体化しているので、映像に音楽をつけたんじゃなくて、音楽に合わせてトムとジェリーが動いてるんじゃないかと錯覚してしまうほどです。基本的にセリフや効果音がないので、音楽自体がその役目を果たしてもいるのです。
     「トムとジェリー」の監督はハンナ&バーベラというこれまたカートゥーン界の大物ですが、前述したテックス・アヴェリー監督作品になると、さらにペースの早さと狂ったようなナンセンスが極まった、エクストリームで一種アヴァンギャルドな世界を展開します。例えるならば、かわいらしい動物がラスベガスの舞台で、ブラックなシェイクスピアと吉本新喜劇を同時に演じるみたいな(わかりにくくてすいません)。とにかく大変なおもしろさで、故にストーリング達による音楽も、多いにストレンジさを増しています。ショパン風のイントロの5秒後にはおどけたカントリーになり、モーツァルト的なムードを取り戻した直後にジャズがそれをぶち壊し、中国人が歌うオペラになだれ込んだと思ったら、アフリカンドラムの雨が降り注ぐ。これに「ボヨヨヨーン」「ブファファファファ」「パヒョーン」「ドカーン」といった効果音を加えれば一丁上がり、てな具合で。ディズニー・アニメの音楽が「聴くロマンティックなアクション」だとすれば、ストーリングのカートゥーン・ミュージックはまさに「聴く漫画」と言えるでしょう。
     ディズニー作品がまさに「子どもそのもの」な、無邪気さ無垢さを守りとおしている点に対し、アヴェリー的なカートゥーンには、猥雑さにちょっとした悪夢、そして現実な毒があるといえるでしょう。時として過剰なナンセンスとアヴァンギャルドの含有率に、ちょっと抵抗を感じる人もいるかもしれません。でも子どもこそがナンセンスとアヴァンギャルドの真の理解者であるはずだし、そこにこそ子どもたちが新しい感覚を知るために開くトビラがあると、僕自身は感じているのです。そのトビラはこんな音をたてて開くでしょう。「ボヨヨヨ〜ン」。(2011年2月)



    イラスト、デザイン、文:梅村昇史
    | UMDK梅デ研 | 15:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
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